仕事を辞めたい日本代表

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高卒で縫製工場に入社するも…1年半(実質1年)で退職してしまった話

      2016/02/07

就職に力を入れていた専門高校に通っていた私は、高校3年生の秋に縫製工場の就職試験を受けて合格、卒業後すぐに縫製工場に入社しました。
女性ばかりが50人以上もいる職場は、元々クラスの男子生徒と関わるのが苦手で「男性がいない環境に行きたい」と思っていた私にとっては、ある意味好都合だったのですが…。
残念なことに、入社したその日から「辞めたい」と思わなかった日は1日もありませんでした。

最初の頃は仕事を覚えるのに必死でしたが、それと同時に、自分から人に話しかけるのが本当に苦手だった私にとって、「わからないことは先輩に聞かなければいけない」という状況が非常に苦痛でした。
わからないことを「わからない」と素直に言い、先輩に聞くこと自体は「何も恥ずかしいことではないということはわかっていたのですが、先輩の顔色が気になって、毎回ビクビクしていました。

仕事をしていくうちに、「わからないことを先輩に聞く」という必要もなくなってきたのですが、今度は「時間外労働」が私を襲いました。
とは言っても、私自身が先輩の目を気にして、勝手に時間外労働をしていただけだったのですが…。

「後から出勤してきた人が、先に出勤していた同じ班の人に挨拶をして回る」
「先に退社する人が、自分より後に退社する人たちに挨拶をして回る」

こういうシステムだったため、「朝早く出勤して夜遅くまで残っていれば、自分から先輩に挨拶をする回数(=びくびくする回数)を減らせる」と思って、時間外労働をしていました。

もちろん、先輩の目を気にしていた以外にも、進捗状況が悪い時は残業も強いられましたが、残業代は支払われませんでした。
それどころか、労働基準監督署から指導が入ったにも関わらず、残業をする前にタイムカードを押すように指示が出ていました(退社時間の偽装)。

元々心身ともに丈夫ではなかった私は、入社3か月目に高熱を伴う風邪で朝礼中に倒れ、その後も何度か朝礼中に倒れそうになることがありました。
入社5か月目には、子供の感染者が多いはずの「溶連菌感染症」に感染し、治るまでの間体調不良を押して働きました。
生理不順になって婦人科に通い、耳鼻科系の病気にもなって耳鼻科にも通いました。

ちょうど入社から1年が経って後輩ができた頃、ついに私の体と心に限界が来て、出勤することができなくなりました。
「休職」という形で仕事を休ませてもらい、精神科の病院にも通いましたが、「あの職場に戻るなんて考えられない」という状況に陥ったため、半年休職した後に退職しました。

仕事内容そのものは結構好きでしたし、先輩方にいじめられていたわけでもありませんでした。
でも、毎日のストレスが少しずつ蓄積されていったことで、最終的には退職ということになったのだと思います。
仕事で大きなストレスがかかるのも怖いですが、小さなストレスが蓄積されていくのも怖いなぁと痛感しました。

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