仕事を辞めたい日本代表

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パーソナリティーで採用され、気が付けばディレクターに・・・。

      2016/02/13

私は、昔からラジオのパーソナリティになることが夢でした。
専門学校に通い、オーディションを受け、夢だったラジオパーソナリティーになることが出来ました。
昔から憧れている世界に入れて、夢と希望に満ち溢れていました。
契約社員という形で入社しました。
はじめは、パーソナリティではなく、収録スタジオの管理、原稿作成、ゲストのスケジュール調整などを行っていました。
終業後にベテランのパーソナリティの方に、レッスンをしていただくという毎日を送っていました。
半年くらいでパーソナリティデビューと言われていたので、必死に頑張りました。
その時のお給料は、手取りで、わずか13万円です。
夢の為だと思い、毎日レッスン終了後22時くらいまで働いていました。
自炊する気力もなく、毎日外食となってしまい、このお給料ではやっていけず、貯金を崩しながら、生活していました。
そして、半年が過ぎました。
私はやっとパーソナリティデビューができると思ったら、なんと任されたのは、CMの原稿読み1本のみでした。
それも毎週などではなく、その時1度だけです。信じられませんでした。今までの努力は?と思い、上司に相談すると、実は、新しい枠が開かなくて、待ってほしいと言われました。
では、どうして私をパーソナリティとして採用したのか?と問いただしたところ、前と状況が変わったと言われました。
私には同期もいないため、これがラジオ局の普通なのか、そうでないのか、わかりませんでした。
1年は、頑張ってみようと思い、その生活を1年間つづけました。入社時には、1年間過ぎると研修期間が終わり、お給料も上がると言われていました。
また正社員になれるというお話でした。
更新の面談があり、お話を聞くと私をパーソナリティーではなく、一般のディレクターとして採用したいというのです
しかもお給料は、1万円しか上がらない。担当番組も増え仕事も倍以上。こんな条件はあり得ないと思い、訴えました、
すると、もしかしたら、喋りのお仕事に戻れるかもしれないからと言われました。
辞めたとしても、就職先もないし、ラジオにかかわる仕事につけるとも限らないので、私は悔しい気持ちを抑えて、ディレクターとなりました。
それでも、チャンスがあれば、私は、企画書を自分で提出し、パーソナリティとして活躍できる日を夢見ています。
もしかすると、そんな私の気持ちを利用しているだけかもしれないと思うと、やり切れない気持ちになり、仕事を辞てしまおうかと毎日悩んでいましたが、
このままいても何も変わらないと思い4年程努めて退社しました。
辞めたことに後悔はありません。あのままいても、絶対に、パーソナリティにはなれなかったと思います。

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