仕事を辞めたい日本代表

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「私が仕事を嫌いになったわけ」

      2016/02/13

私は自動車販売の営業を25年間続けております。私が入社した頃は丁度、バブルが崩壊し日本経済が転落する時だったことを良く覚えております。当時の営業の仕事は、暑い日も寒い日も車のカタログを鞄に入れて足を使い飛込みセ−ルスが基本でした。入社してから毎日「会社を辞めたい」と思っておりましたが2年と7ヵ月経過してからは怒涛の進撃!勿論、成績不振もありましたが、自分に与えられた担当地域(テリトリー)内での販売から、クライアントからの別のクライアントを紹介して頂いたりして営業の醍醐味を存分に味わいました。中でも記憶に残る商談では、商談時間の約束がクライアントの都合で深夜2時だったり、明け方の4時だったりと365日24時間が仕事が当り前の毎日でした。時には逃げ出したいトラブルを経験も何度も経験しましたが、私は逃げずに「雨降って地固まる」を体験すると、もう営業界からは足を洗うことは出来ないくらいの醍醐味を味わえました。そうして今日の顧客ベースを作り上げることにより、「消費税率引き上げ」や「リーマンショック」は私には関係なくクライアントの利益重視で成績は右肩上がりになり私の立場も管理職になって手腕を振るってきたわけです。しかし時代は「効率化」が重視され私の会社にも「ムリ・ムダ」は「悪」になってきたのです。それは入社当時から上司や先輩にも厳しく言われましたが世間には「急がば回れ」が存在します。また、成績不振時にも特効薬は存在しておりました。しかし、社会は「効率」をはき違えてしまい私の手法は「ブラック」と言われる世になったわけです。世間でいう「効率」で販売するのであれば人員を減らさざるを得なくなります。「少数精鋭」聞こえは良いが、その少数に掛かる負担は膨大です。そこで対前年比より上回るなど不可能です。そこを何とかするのが「管理能力」と言われても自己主張があり理屈で動く若手育成は自動車販売においては不可能です。そこに「少子化」「車離れ」が追加され、基本給だけで満足している社員達では戦力にはなりません。私は考えました。「私も楽な仕事にしてしまえ、私が定年するまで倒産することは有り得ないメーカーなのだから」しかし、私を育ててくれたクライアント達、会社、そして自身を裏切ることは出来ませんでした。その結果、私は独立しました。私を育てた会社を捨てクライアントの利益を守ることにしたのです。今の社会が求める「効率」は嫌いです。それを社風の変化というのでしょう。あくまでも顧客ベースを自身で築き上げた後にある泥臭い「効率」は普遍です。何故ならば今、私の会社は小さいながらも黒字展開をしているのですから。

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