仕事を辞めたい日本代表

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私が美容師を辞めた理由

      2016/02/13

私が小さいころから「手に職をつけなさい」が口癖の母親の勧めもあって、卒業後は美容師の道を選んだ私。

もともと人と接するのが好きだったので接客業でもある美容師は自分でもやれると思い特に不安は感じていませんでした。

美容学校時代は成績もさほど悪くなく、授業は新鮮なもので手先が器用な私は学生時代を順調に過ごして無事卒業しました。

卒業後は隣町の美容院へ就職。

インターン時代も順調に過ごせると思っていた私ですが、就職先では見習いは私一人。

雑用などは私一人ですべてやることになっていました。

それでもお客様と接しているときは楽しかったし、一つでも仕事を覚えられると嬉しさでいっぱいでした。

やがて就職から1年たち次の新人見習いが入り、雑用も手分けしてやれると思った矢先、その子はすぐに辞めてしまいました。

美容師という仕事は見た目の華やかさと違い1日立ちっぱなしの仕事。

閉店後も各自の練習があったり、休日も講習会などで拘束されます。

好きだけでは出来ない仕事なのも事実。

その後も何人か新人が入ってきましたがすぐ辞めてしまうの繰り返し。

私の方はと言うと何年か経っても1番下の立場なので雑用をやりながら、かつ自分の担当の仕事も振られるので新人のころより倍以上の忙しさになっていました。

めまぐるしい毎日に体も心も悲鳴を上げ続けて限界に達していたと思います。

でも女性である私にとって何より辛かったのは「手荒れ」でした。

美容師の職業病とも言われる手荒れ。

ハタチそこそこの私には手を見られることが何より苦痛でした。

たまの休日に会う友人の手を見ると綺麗にネイルされ羨ましかったのを覚えています。

でも自分なりに「名誉の勲章。人に喜んでもらえる仕事だから」と言い聞かせ、それだけが心の支えでした。

ですがある日とうとう美容師の商売道具でもある手が使えなくなってしまったのです。

新人当初から手荒れに悩まされ夜寝ている時に掻き壊して悪化、なおかつ熟睡もままならない日々。

何年もの間に続いてきた手荒れは皮膚を紫色にまで変色させていました。

ただれた手指は満足にものを掴むことさえも出来なくなってきていました。

病院では医師に「ここまでなるのは珍しい。すぐに転職した方がいいのでは。続けていると完治するのは難しい。」

と言われました。

悩みに悩んだ末、退職することを選びました。

色素沈着という後遺症は少し残りましたが、結果的に辞めて良かったと思っています。

母となった今は綺麗な手で子供の頬を触ったりできるのが何より嬉しいことです。

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