仕事を辞めたい日本代表

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家族持ち・借金持ちが死んだ魚の目で働く木材加工業

      2016/02/13

田舎が震災にあい両親が心配になって帰ってきた私。 戻ってきたはいいが既に40近い私には雇ってくれる所もなく途方に暮れていた。
CAD関係の資格勉強をして無事資格を取った頃、CADの仕事をハローワークで見つけた。 変則週休二日だがここから近いし念願のCADのお仕事という事で早速応募し面接となった。
CAD資格の為に貯金が付きかけていた私はつい悪魔の言葉を出してしまった。 「なんでもやります。」 就職活動中の新卒なら誰でも口に出しそうなセリフである。 それを聞いた面接官は満面の笑みで答えた。 「うちは現場しか知らない人とCADしか知らない人ばかりだから両方知っている人が欲しいね。」 「なので業務を覚えて貰う為にも最初は現場に入ろうか。」 CADの資格は持ってるし現場作業覚えてからCAD配属という道もあるだろう、そんな安易な考えで決めてしまった。 これが間違いの元だったのだ。 そもそも最初のセリフでどちらかしか知らない人しかいないと言及されている。 という事は現場作業からCADにいった人間は一人もいないという事である。 この点に気が付くのはボーナス前の面談で上司と話してからである。 肝心の作業内容は木材をリフトにセットし、機械を操作するとベルトコンベアーで加工された木材が流れて来るのでこれらを種類別に並べたりして梱包後、出荷。 機械で加工できないところはグラインダーやドリルで手動調整。 延々これの繰り返しだが、いつも忙しくて毎日残業である。 
それどころか変則とはいえ週休2日がいつのまにか1日になっている、そしてこれが常態化してしまっている。 いくら被災地で家の需要があるとはいえここまで忙しい物か?
既に震災から結構立っている、仮設もぼちぼち姿を消してきていてるのだ、つまり家の需要は無くなってきているといってもいい。 なのに休み削って毎日残業してまで納期に追われなくてはならないとは営業どんな無茶な仕事の取り方しているんだ?  そしてそれを許容している上の判断に疑問を持った。 そうこうしているうちに作業員が倒れたと連絡があった。 熱中症である、しばらく作業と出勤は控える事となった。 その間人員の補充はなされず残った社員だけで歯を食いしばって回していたが別の社員がギックリ腰で倒れた。 別の部署ではグラインダーで怪我をした者が出た。 作業員は皆満身創痍である、こんな状況にもかかわらず4月に新入社員はいなかった。 私の部署への移動もなしである。 そうこうしているうちにGWがきた、まあここの納期を考えてGWは短めだろうなと感じてはいた。 蓋を開けてみるとGWの休みははそれなりに出た。 ただし、それ以降の休みが6月に入るまで全く無しという無休シフトであったが。 あれ休みがないのって普通だっけ? ここまでくると感覚がマヒしていたんでしょうね私。 人間関係も忙しい余りギスギスして不愉快だったしこれはおかしいと思った私は転職活動とここからの離脱を決意した。 金払いは他よりいいかもしれないが、ここにいたら仕事に殺される気がする、死んでしまっては何もならん。 そしてここの過去から現在の状況、他部署の現状を聞いて驚愕する。 曰く「昔は月曜にきて会社に泊まって水曜に帰った。」 「総務と事務方は8時間できっちり退社している。」 「中間管理職まではここの現状を考えて仕事量を適正な物にしようとしているがトップの鶴の一声で納期が次々と前倒しになって降ってくる。」 「家族持ちと家のローンがある人間は残ったが他は全て3年以内にいなくなった。」 うん酷い、しかもこれ民間企業じゃなくて協同組合のだからね。 速攻で辞表書いて提出後2週間で辞めたが後悔はしていない。 辞めて後は解放感でいっぱいだった、もうこれで休み無しと残業の嵐から解放されたんだって。 人は仕事と休みのバランスが取れて初めて労働の喜びを知る事ができるとしみじみ思うのです。

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